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アートインタビュー
アートインタビュー
アートに興味がある・なしを問わず、私の友達を招いて、アートについてインタビューをします。
本当にアートは必要か?アートの役割は?をチサイなりの答えが出るよう、話をしていくつもりです。






高 橋 賢さん
(ヒノエウマ生まれ・書籍編集者)


第2回 (3回シリーズ)


青森での「なみおか映画祭」に参加された高橋さん。 さすが映画関係者!ですねえ。


チ サ イ   前回は、「美術系映像」(美術館で見られる映像)と「映像系映像」(映画館などのスペースで見られる映像) の違いについて混乱し始めたところで終わりました。


高橋さん  美術館の映像って、基本的にはインスタレーションみたいな要素が多いでしょ?


チ サ イ   そうですね、「空間を問う」みたいな言い方しますよね。


高橋さん  あれって、部屋の「窓」のような感じがあるんだよね。 要するにひとつの空間の中に、別の空間が挿入されているみたいな感じ。 そうすると、映像っていうのは、部屋があって、自分がいて、 それで「窓」があるわけだから、その3要素のうちのひとつということになるよね?  で、窓の風景を見て、「ああ、絶景かなあ」という感じ。 じゃあ、映画も同じじゃんって思うでしょ? 


チ サ イ   そうですね。スクリーンのほうが「窓」っぽいし。


高橋さん  違うンだなあ、これが。


チ サ イ   へ?


高橋さん  だって、映画と映画館って絶対に切り離せないんだよ。 つまり、部屋そのものが映画という感じがあるんだ。しかも暗闇でしょ?  だから、その中に自分も半分、溶け込んでしまって、3要素というよりも、 部屋=自分=映画って感じになる。だから、「絶景かなあ」なんて感じにはなれないし、 そういうものは映画じゃないって感じ。そういうのは、わし、コマい時から、感じていたんよのお。


チ サ イ   あーそうかあー、もう同一になってるんだ。。。 たしかに。。。


高橋さん  で、そこからまとめてみると、こういうことになるんじゃないの? 映像とは自分とは切り離されているもの。だから、目で見て、脳髄で感じるわけ。 で、一方、映画は自分とつながっているもの。だから、脳も含めた体全体でとらえて、 体全体で感じる。これを簡単にいえば、映像は視覚芸術で、映画は「体覚」というか、 触覚芸術ということになるのかなあ。


チ サ イ   映画館で「暗闇にスクリーン」として見ていると、絵というよりアミューズメント施設にいるような感じで、 美術館で同じように見てても、現実っぽくないっていうか、絵を見てる感覚ですよね。


高橋さん  映像は覚醒しながら見る夢。つまり、まなこぱっちりで見るわけよね。 で、映画は半覚醒。つまり、片目だけがつむっていて、片目だけが開いてみる夢……って、知っている?  実はこれ、コクトーのいう詩人の定義なんだよ(笑)。コクトーさん、すみませんねえ(笑)。


チ サ イ   私コクトー大好きなんですぅ。。。 10年くらい前、ユーロスペースで全部見ましたから。。。と話がそれましたね。


高橋さん  でも、この際、はっきり断言してしまいましょう。 みなさ〜〜〜ん、聞いてくださ〜〜〜〜〜い。映画は視覚芸術ではないんですよおおおおおおお!(笑)


チ サ イ   きゃはははは、笑えるー。まあ、私がこないだ 豊田市美術館で見た、 ビル・ヴィオラという映像作家の作品で、生の心臓を移してる映像があったんですけど、 「映像+ベッド」ってセットだったんですよ。 そうだ、この展覧会で、ウイリアム・ケントリッジという人の手書きアニメーションを流してました。


高橋さん  おおおおおお、アニメがあったか! オレ、実はアニメって大好きなんだよ!(笑)


チ サ イ   私も最近、ちょっとプライベートなことでアニメにはまってます。 こないだもアニメーション80 っていう自主上映をしている団体の上映会に行きましたし。


高橋さん  ちなみに、映画とアニメとどっちが歴史が古いかというと、アニメなんだよね、実は。あまり知られていないみたいだけど。


チ サ イ   へえええ!! ちょっとアニメは次回の話題にしましょ!



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