カンボジアの美術状況
(空白の部分取り戻したい)
僕らがカンボジアに行く事になったのは、カンボジア在住の1人の日本人に出会ったことからが始まりだった。カンボジアで展覧会をしてみないかという提言に初めは戸惑いをおぼえたが、この国について調べているうちに興味が膨らんできてしまった。
当時(去年)僕らはN-markというアーティストラン・スペースを維持し、若いアーティストたちの発表の場を提供しながら、それらをどうやって社会とつないでいくのかというような活動を行ってきた。N-markの活動は一端の、区切りをつけ、国際的な活動を目指すなど新しい展開を模索していた。
現代の美術における国際交流というと欧米が中心となりがちである。そういったことからも現代美術におけるタイやベトナムなど注目はしていたが、急速に近代化の進む最も興味深い国の1つがこのカンボジアであった。この国の情報はWebや図書などで調べたが現状を知るには頼りない限りだ、まして美術の分野に関しては全くなかった。まずは行かなければなにも始まらない、文化や社会状況、又アーティストのリサーチのためにカンボジアへ向った。
人口は約1.000万人の国、その内の約100万人が首都周辺に集まっている。人口の3分の1はポルポト派時代に虐殺されてしまった悲劇の国である。首都プノンペンでは一台の車に信じられない程の人間が詰込まれ、町を行交いしている。市場はどこも活気にあふれ、買いにくる人間よりも多いのではと思う程の広大な物資の山々が延々と続く。中には日本からの援助物資も当り前のように売られていた。地雷などによって手足を失った人たちが物乞をしている様子も日常に思える程だ。
生きる事が精一杯でいる彼等の前では美術という言葉すら浮かんでこなくなる。果たしてそんな国で美術に何ができるというのだろうか? 一つ驚いた事はカンボジアにも僕らと同じようなノンプロフィットギャラリー(非営利運営のギャラリー)があったことである。給料もわずかなアーティストらが共同で運営している。ポルポト派の虐殺によってすべての知的階層を失ってしまったという彼等はその空白の部分を取りもどしたいのだと言っていた。展覧会の内容や作品の質も高かった。中には福岡市アジア美術館で紹介された事もあるという作家の作品も見ることができた。外国や個人の援助によって支えられてはいるが、やはり運営はくるしい。この国では文化に目を向けるだけの余裕はなく、美術に対する理解もついてこないのだと嘆いていた。
そんな中カンボジア文化庁や教育庁の要職にある人たちともお会いする事ができた。そこでは教育や美術の状況なども詳しく聞くことができた。この国の教育は寺子屋から学習塾、小中高大学までさまざまだ。一般教養を教える小中学校では美術や音楽という科目はない。それは美術の教材を買うお金や教える先生がいないという現実的な問題からでもあった。もしあなたたちがやってくれるのなら実験的に美術のプログラムをしてみてもいいとの話もあった。
プロジェクトを考える上での問題の1つはこの国では、受け入れる事に慣れ、与えられる事が当り前のようになってしまっていることだ。日本から持っていった作品を見せる事は容易い、しかしそれでは日本や西洋の美術の押し付けという傲慢なものになってしまうのではないいだろうか。当初は展覧会のようなものを考えていたが、展覧会のような形にとらわれず彼等とともにに1から考えて行く事が重要だ。まずは小中学校や街頭でのワークショップ(アートワークによるコミュニケーション)などの小さな事から始めてみたいと構想中だ。いずれはカンボジアや時代を共有するその他の国の人達と新たな文化の可能性を探ってみたい。
読売新聞 4月5日掲載 記 武藤勇
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